大阪地方裁判所 昭和49年(ワ)4283号 判決 1978年2月23日
原告
上里順一
原告
商都交通株式会社
右代表者取締役
三野精一
右原告両名訴訟代理人弁護士
川根洋三
同
平岡建樹
右原告両名訴訟復代理人弁護士
井上隆彦
被告
鈴木敬彦
被告
名協運輸有限会社
右代表者代表取締役
三浦清太郎
右被告両名訴訟代理人弁護士
山本秀師
同
平野保
同
伊神喜弘
被告
日本道路公団
右代表者総裁
前田光嘉
右代理人
竹谷喜久雄
右訴訟代理人弁護士
堀弘二
外二名
主文
一 被告らは各自、原告上里順一に対し、金一四九七万九一〇〇円及びうち金一四二六万九一〇〇円に対する昭和四九年三月三〇日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を、原告商都交通株式会社に対し、金六万七五七二円及びうち金二七〇〇円に対する昭和四九年三月三〇日以降、うち六万四八七二円に対する、被告鈴木敬彦においては昭和四九年九月二二日以降、被告名協運輸有限会社においては昭和四九年九月一三日以降、被告日本道路公団においては昭和五〇年六月一〇日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らの被告らに対するその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用中、原告上里順一と被告らとの間に生じた分に、これを四分し、その一を同原告の負担とし、その余を被告らの負担とし、原告商都交通株式会社と被告らとの間に生じた分は、これを一〇分し、その九を同原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。
四 この判決は、原告ら勝訴の部分に限り仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは、各自、原告上里に対し、一九六三万七四五四円及びうち一七六三万七四五四円に対する昭和四九年三月三〇日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を、原告会社に対し、六七万四四六〇円及びうち六一万四四六〇円に対する昭和四九年三月三〇日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行の宣言。
二 請求の趣旨に対する被告らの答弁
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二 請求原因
一 事故の発生
1 日時 昭和四九年三月二九日午前〇時五分頃
2 場所 奈良県北葛城郡河合町大字西穴闇二三四ノ二番地先西名阪高速道路
3 加害車 普通貨物自動車(名古屋一一あ五五一八号)
右運転者 被告鈴木
4 被害車 営業用普通乗用自動車(タクシー。大阪五五あ七七七二号)
右運転者 原告上里
5 態様 被害車が西名阪高速道路を東から西に進行して本件事故現場に差掛かり、前車に引続いて停車していたところ、後方から走行してきた加害者が被害車に追突した。
二 責任原因
1 被告鈴木
一般不法行為責任(民法七〇九条)
被告鈴木は、前方不注視又はブレーキ操作不適当の過失により本件事故を惹起した。
2 被告会社
(一) 運行供用者責任(自賠法三条。原告上里に対する責任)
被告会社は、加害車を所有し、自己のために運行の用に供していた。
(二) 使用者責任(民法七一五条一項。原告会社に対する責任)
被告会社は、被告鈴木を雇用し、同被告が被告会社の業務の執行として加害車を運転中、前記過失により本件事故を惹起した。
3 被告公団
道路管理の瑕疵による賠償責任
(一) 被告公団は、西名阪高速道路(その通行につき料金を徴収することのできる高速自動車国道である。)を管理する公共団体(営造物法人)である。
(二) 被告公団は、本件道路管理について次のとおり瑕疵があつた。
(1) 本件事故現場付近は、元来濃霧の発生しやすい地形であるところ、事故前夜からの移動性高気圧により冷え込んだため局地的に湿度が上がり、かつ、事故前々日(三月二七日)の雨と雪で大和川が増水して湿度が高まつたため、濃霧が立ち込めていたうえ、近所の西大和ニユータウン造成現場で野焼きをしていたごみが事故前日の午後九時頃燃え出して煙が発生しており、事故当時その濃霧と煙とが重なつて視界が著しく悪く、自動車による交通は極めて危険な状態であつた。このことは、本件事故とほぼ同時刻に現場近くで他に三件の玉突衝突事故が発生し、二名の死者と多数の負傷者が出たことからも明らかである。
(2) 一般に、高速自動車国道は、多数の自動車が高速で走行するのであるから、その管理者としては、一般の道路の場合以上に道路の状況に注意し、交通に危険を生じるおそれのある事由が生じたときは直ちにその危険を排除し、仮にその排除が困難な場合は危険のなくなるまで交通を禁止又は規制することにより事故発生を未然に防止すべき義務があるところ、右(1)の状況によれば、被告公団は、濃霧と煙のため交通が危険な状態になることを本件事故のかなり以前に予見しえたのであるから、道路の状況に十分注意し、通行の禁止又は制限をなすべきであつたのに、何ら適切な措置を講じなかつたのであつて、本件道路の管理に瑕疵があつたものである。
三 損害<省略>
四 損害の填補<省略>
五 本訴請求<省略>
第三 請求原因に対する被告らの答弁
一 被告鈴木、同会社<省略>
二 被告公団
1 <省略>
2 <省略>
3 同二3の(二)のうち本件事故当時頃現場付近で他の衝突事故が発生し、本件事故を含めて死傷者があつたことは認め、その余の事実は否認する。
道路管理者の交通規制権限に関する道路法四六条は、道路そのものを良好な状態に維持管理して一般の交通の用に供するという道路管理権限の一作用として規定されたものであり、同条には、道路管理者が交通規制をなしうる場合として道路自体に物理的障害を生じる場合を基本として例示されているなどの点から考えると、右交通規制権限は、警察権行使の場合と異なり、路体自体又はこれに接する沿道区域等の維持に影響を及ぼし、そのために交通が危険であると認められる場合に限つて肯認されるものと解されるから、被告公団は、道路自体の物的瑕疵と異なる、原告ら主張の霧とか煙のようなものについてまで交通規制の責任を負担するいわれはない。仮にそうでないとしても、被告公団としては、道路通行上支障のないよう一定の時間的間隔及び回数で、路上巡視を行なつており、本件事故当日の午前〇時二〇分頃にも被告公団の西名阪管理事務所業務助役である訴外田村歳春(道路法七一条五項所定の道路監理員)が現場を巡視したが、異状は認められなかつたものであるところ、本件事故現場付近の実状は、事故前日午後一〇時半頃一時ある程度の煙の流入がみられただけで、その後本件事故発生まで全く異状はなく、事故発生時に至つて被告公団の全く予見しえない付近の不法投棄物の一時的燃焼による煙が急に発生したに過ぎないのであつて、被告公団は、かかる一時的、突発的煙の発生に対しては全く対処しえなかつたものであり、したがつて、本件道路の管理に瑕疵はなかつた。しかるに、原告上里は、本件道路上で駐停車する必要があつた場合には路肩(2.25メートル)ないし路側帯(0.8メートル)等に回避し、なお危険が予測されれば降車して後方車に予め危険を回避しうるよう適切な措置を講ずべきであつたのに、これを怠り、漫然追越車線上に停車させていた過失があり、被告鈴木も前方に見通し不十分な煙の存在に気づいたのであるから、十分注意して適宜徐行するなど事故発生の防止措置を講ずべきであつたのに、これを怠り、十分注意することなく漫然相当の速度で走行した過失があり、本件事故は、これらの過失によつて発生したものであつて、被告公団には何らの責任がない。
4 同三の事実は不知。
5 同四の事実も不知。
第四 被告銀木、同会社の抗弁
一 免責(被告会社)
本件事故は、次のとおり被告公団の本件道路管理の瑕疵によつて発生したものであり、被告鈴木及び被告会社には何ら過失がなかつた。すなわち、
本件事故当時現場付近の道路は、局地的に発生した濃霧と付近のごみ焼場から流れ込む煙によつて視界がほとんどきかない状態であつたところ、右道路管理者である被告公団は、右の実状を本件事故発生以前に熟知しており、速やかに交通規制措置を講じれば本件事故を容易に回避しえたのに、何ら右措置をとらなかつたのであつて、道路の管理に瑕疵があつたため本件事故が発生したのであり、本件事故は車両運転者の通常の注意義務をもつてしては到底回避できなかつたのである。
そして、加害車には構造上の欠陥又は機能の障害がなかつたから、被告会社には損害賠償責任がない。
二 過失相殺
仮に被告鈴木又は被告会社に何らかの過失があつたとしても、本件事故の発生については原告上里にも次のとおり過失があるから、損害賠償額の算定に当たり過失相殺されるべきである。すなわち、
原告上里は、高速道路上で緊急止むをえず停車するときは、路肩その他事故発生の危険性の少ない場所に停車すべきであるのに、車両が最も速度を上げて走行する追越車線上で漫然と五、六分間も被害車を停車させた過失により加害車が追突するに至つたものである。
第五 右抗弁に対する原告らの答弁
右抗弁一、二の事実は争う。
第六 証拠関係<省略>
理由
第一事故の発生
請求原因の一の1ないし4の事実は当事者間に争いがない。そして、本件事故の具体的態様等の事情は次のとおりである。
<証拠>によれば、次の事実が認められる。
一本件事故現場は、近畿自動車道吹田、天理線(通称西名阪道路)の香芝インターチエンジと法隆寺インターチエンジとの間の西行車線(大阪方面行車線)上、10.08キロポスト(天理を基点とする。法隆寺インターチエンジ大阪行ランプからは約五三〇メートル西方。以下キロポストによる説示はいずれも天理を基点とするものである。)付近であつて、佐味田高架橋(南北に流れる佐味田川上に架設された長さ六一メートルの高架橋)上の東側端付近に位置すること、右事故現場付近の西行車線は、二車線(一車線の幅員3.6メートル)であつて走行車線(南側車線)の外側(南側)に幅員2.25メートルの路肩があり、その外側にはガードレールが設置されており、また、追越車線(北側車線)の北側には東行車線(名古屋方面行車線であり、西行車線同様二車線である。)とを区分する中央分離帯があり、同分離帯には追越車線と0.8メートルの間隔を置いてガードレールが設置されていること、そして、付近の道路は、直線で平担なアスフアルト舗装道路で、道路の地形上は見通しが良好であるが、照明設備はないため夜間は暗く、また、付近の最高速度は毎時八〇キロメートルと指定されているが、最低速度は格別指定されていないので、毎時五〇キロメートルであること(道交法七五条の四、同法施行令二十条の四参照)、なお、本件事故当時の車両交通量は一分間に二、三台程度であり、また、路面は乾燥していたこと、
二前記佐味田川は佐味田高架橋の北方約五〇〇メートルの地点で大和川に接しているところ、従前この大和川を中心にして濃霧がしばしば発生して本件事故現場付近を襲い、速度規制措置が講じられたことがあつたこと。
三本件事故現場の南南西約三五〇メートルの訴外大和開発株式会社所有の宅地造成予定地(もと北葛城郡河合町のごみ捨て場付近)においてビニール、護謨片等の廃棄物が燃え出し、遅くとも本件事故前日の午後一〇時半頃には右燻焼に伴う白煙と局地的に発生した霧(以下「煙と霧」というときはこれらを指す。)とが本件事故現場付近を覆つて視界を著しく悪くしていたところ、その後本件事故当時に至るまでの間、煙と霧による視界不良の状態は風の状況等により変化を来たして濃淡の差はあつたものの継続してみられ、本件事故当日の午前〇時頃には一〇キロポスト付近から10.1キロポスト付近までの間約一〇〇メートルに比較的濃い煙と霧がみられ、視界(前照灯照射の場合のもの。以下同断。)は約三〇メートルと悪く、その前後の9.9キロポスト付近から一〇キロポスト付近までの間約一〇〇メートル及び10.1キロポスト付近から10.3キロポスト付近までの間約二〇〇メートルにも比較的薄い煙と霧がみられ、視界は比較的良好であつたが、本件事故当時には、9.93キロポスト付近から西方に向かつて煙と霧が漂い、9.93キロポスト付近から10.04キロポスト付近までの約一一〇メートルの間の視界は約八〇ないし七〇メートルであつたが、10.04キロポスト付近から10.2キロポスト付近までの約一六〇メートルの間の視界は約五メートル程度であり、車両の通行上極めて危険な状態であつたこと、
四原告上里は、被害車を運転して前記西行車線の追越車線上を東から西進中、自車左前方の走行車線上において本件煙と霧のため先行車が停止したのに続いて訴外渡辺勝博運転の普通貨物自動車(三河一れ七七八三号、以下渡辺車という。)、次いで訴外川村順一運転の軽四輪乗用自動車(八浜松え三四八七号。以下川村車という。)がそれぞれ停止したので、事故でも発生したものかと考え、川村車の右後方約一四メートルの10.08キロポスト付近の追越車線中央部に停止して様子をみていたが、右停止後二、三分位して後記のとおり加害車に追突されたこと、一方被告鈴木は、本件事故現場付近を従前しばしば通行し、同所が霧の極めて発生し易い場所であることを知悉していたものであるところ、加害車を運転し、前照灯の照射方向を下向きにして時速八〇キロメートルで前記西行車線の追越車線上を西進中、9.93キロポスト付近に差し掛かつた際、煙と霧が発生していることに気づいたが、その状況を充分に注視することなく、漫然アクセルペタルから足をはずして時速七五キロメートルに減速しただけでそのまま進行し、10.04キロポストを通過して間なしに進路前方約25.8メートルに前記のとおり停車している被害車及び同車の左後方の走行車線上に川村車と約二〇メートルの間隔をあけて停止中のトラクターの各尾灯を発見し(右被害車尾灯の視認距離25.8メートルは、灯火であるため前認定の視界約五メートルと矛盾するものではない。)、左に転把すると共に急制動の措置をとつたが間に合わず、自動車右前部を被害車左後部に追突させ、その衝撃により同車を右前方に押し出して中央分離帯のガードレールに、まず同車右前部を、次いで同車左前部をそれぞれ衝突させ、車首を東方に向けて方向転換させた(以上が本件事故である。)が、更に左側の走行車線を走行して川村車に追突し、その衝撃により同車を前方に押し出して渡辺車に追突させたこと、右事故の際、被害車の進路(追越車線)前方約三〇メートル以上の間には停止中の先行車両はなかつたこと、
五本件煙と霧のため右事故のほか、次のとおり相前後して右事故現場付近の西名阪高速道路上において衝突事故が発生し、死傷者を出したこと(本件事故当時頃現場付近で他の衝突事故が発生し、本件事故を含めて死傷者があつたことは原告らと被告公団との間に争いがない。)、すなわち、本件事故前において、同日午前〇時四〇分頃前項の事故現場と至近距離にある北葛城河合町大字西穴闇二五七ノ三番地先車行車線で三台の車両の玉突衝突事故が、次いで同日午前〇時五〇分頃同事故現場の西方である同町大字城内一二二番地先東行車線で四台の車両の衝突事故が各発生し、更に本件事故後にも同日午前一時頃本件事故現場の東方で、同現場と同所同番地先の西行車線10.04キロポスト付近から10.06キロポスト付近にかけて四台の車両の衝突事故が発生したこと、
以上の事実を認めることができる。ところで、原告上里本人尋問の結果中には、被害車が停止した際の視界は五〇ないし一〇〇メートルで、右停止後約五、六分位して衝突されたものであり、また右停止後追突までの間、被害車の進路前方五、六メートルに貨物自動車が停車していた旨の供述部分が存するが、同本人尋問の結果中他の部分によれば、同原告は本件事故によつて失神したため事故状況についての記憶に正確性を欠く点がみられ、この点と前掲各証拠とを総合すれば、右の供述部分はたやすく措信し難いものといわなければならない。また、<証拠>には、被告公団大阪支社西名阪管理事務所の業務助役である同証人(以下田村助役ともいう。)が本件事故当日の午前〇時二〇分頃巡回のため本件事故現場付近を自動車を運転して通過した際、霧とか煙など通行上支障となるべきものはなく、後になつて排気ガス程度のものがあつたことに気づいただけである旨の供述記載、供述部分が存するが、右各証拠のその余の部分によれば、田村は右通過時に特に霧や煙を念頭に置いて注意して調査したものではないことが窺われ、この点と前認定のとおり本件煙と霧の濃度は風の状況等により変化を来たしていた点とを合わせ考えると、右田村の通過時における本件煙と霧は比較的薄かつたため、同人がこれを看過したものであると解せられるから、右供述記載、供述部分によつてたやすく前認定を左右することはできないものというべきである。他に前認定を覆すに足りる証拠はない。
第二責任原因
一被告鈴木
前認定の本件事故の具体的態様等の事情によれば、9.93キロポスト付近から西方に向かつて煙と霧とが漂い、10.04キロポスト付近からは視界が約五メートル程度であつたところ、右霧等の濃度には変化がありその実体は容易には判断し難い面があるのであるから、被告鈴木は、右9.93キロポストからその状況を特に注視しつつ、その状況に合わせて適宜減速し、前方の見通しが可能な距離内で自車を停止できる速度で進行すべき注意義務があるのにこれを怠つた過失があり(本件のような異常状況の場合は最低速度を遵守すべき義務はない(道交法七五条の四))、右注意義務を尽くせば本件事故を防止しえたものと認められるから、右過失と本件事故発生との間に相当因果関係が認められる。
そうすると、被告鈴木は、民法七〇九条により本件事故による原告らの損害を賠償する責任がある。
二被告会社
被告会社が加害車を所有し、自己のため運行の用に供していたこと及び被告会社が被告鈴木を雇用し、同被告が本件事故当時被告会社の業務の執行として加害車を運転中であつたことは当事者間に争いがない。そして、先に説示したとおり被告鈴木は過失によつて本件事故を惹起したものであり、したがつて、被告会社の免責の抗弁は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。
以上によれば、被告会社は、自賠法三条により原告上里の本件事故による損害を、民法七一五条一項により原告会社の本件事故による損害をそれぞれ賠償する責任がある。
三被告公団
被告公団が本件西名阪高速道路(その通行につき料金を徴収することのできる高速自原車国道である。以下本件道路という。)を管理する公共団体(営造物法人)であることは当事者間に争いがない。
そこで、以下被告公団の本件道路の管理について瑕疵があつたどうかの点を判断する。
<証拠>によると、次の事実が認められる。
1 本件事故現場付近に従前しばしば濃霧が発生したことは前述のとおりであるところ、被告公団は、右事情を知悉しながら平素恒常的にこの点の注意を促す道路標識ないし道路表示を設置するなど濃霧に対する事故防止の一般的な措置を講じなかつたばかりか、本件事故直前における奈良県の気象状況をみるに、三月二六、二七日には発達した低気圧が通過し、全般に二〇ないし四〇ミリメートルの降雨後雪に変わり、山地では五センチメートル位の降雪がみられたところ、二八日から事故当時にかけては一転して移動性高気圧に襲われ、晴となり、事故前日の夜から高湿、低温であつたものであつて、右気象状況と本件事故現場付近の従前の濃霧発生事情からすると、事故前日の夜から本件事故現場付近に局地的に霧が発生することも予測しえないことではなかつたのに、被告公団は、これらの気象及び地域の特殊事情を配慮せず、これに対処して後記料金収受員等に霧の情報を得た場合には必ず通報するよう念を押したり、重点的に警戒して巡回したりなど事故防止上の適切な具体策を何ら格別とらなかつたこと、
2 被告公団は、本件道路の交通管理業務を訴外ハイウエイ開発株式会社(以下ハイウエイ開発という。)に委託し、同会社をして定時に(毎日午前三時・六時半・九時半・午後一時・五時・八時半から通常各約一時間半位宛、合計六回。)及び臨時に(事故発生、路上落下物などのため被告公団が臨時に指示した場合。)交通管理のため本件道路を巡回させ、交通事故、火災異常気象その他交通に支障を及ぼす異常事態が発生したことを発見し若しくは情報を受けたときは直ちに被告公団(具体的には藤井寺インターチエンジの西名阪管理事務所。なお、同所には被告公団が本件道路の全情報を集めて無線により指令しうる指令室がある。)に通報させると共に同被告の指示に従つて必要な応急措置を講じさせることとしていたこと、また、被告公団は、本件道路の料金徴収業務を訴外西日本道路サービス株式会社(以下西日本道路サービスという。)に委託していたところ、同会社に対しても、交通に支障を及ぼす緊急事態が発生したことを発見し若しくは情報を受けたときは直ちに被告公団に通報するよう指示していたこと、そして、被告公団の西名阪管理事務所の業務助役(夜間において営業、交通管理業務の監督等を職務とする最高責任者)は、前記ハイウエイ開発の定時巡回のと切れる午前〇時前後頃自ら本件道路を交通管理のため巡回しがてら各インターチエンジに存する西日本道路サービスの料金事務所を巡回して料金徴収業務を点検することを日課としていたこと、
3 事故前日の二八日には、平常どおりハイウエイ開発が交通管理のため本件道路の定時巡回を実施し、午後一〇時頃には当日最後の巡回を終了したが、右定時巡回の際には本件煙と霧に関する異状を察知しえなかつたこと、そして、同日午後一〇時頃から法隆寺インターチエンジの第六料金徴収所(第六ブースと呼ばれ、大阪方面から東進してくる車両の出口になつていた。)で勤務していた西日本道路サービスの料金収受員訴外堀口勝治は、同日午後一〇時半頃通過車両の運転者から「この西の方でえらいけむりが出て前の方がさつぱり見えない。なんとか措置したらんと危い」との情報を受け、更にその後翌二九日午前〇時頃までの間に数台の通過車両から右と同様の情報を受けたところ、右第六ブースから第一ブースへはインターホンで、第一ブースから法隆寺料金事務所へは電話で、同事務所から被告公団の管理事務所へも電話でそれぞれ連絡できる体制になつており、右堀口としては、自己が情報を受けたことが被告公団に伝わるよう直ちに第一ブースにインターホンで通報しなければならなかつたのに、何ら通報せず放置したこと、更に訴外吉邑悦治は、事故当日午前〇時頃たまたま車両を運転して事故現場付近の東行車線を通過した際本件煙と霧に遭遇した後前記第六ブースに到つたが、その際同ブース内の前記堀口及び同人と勤務を交替するため同所にきていた同じく西日本道路サービスの料金収受員訴外石田敏一に対し、「このインターから7.800メートル西でもやが出て、これから時間がたつと濃くなる虞があるから濃霧発生の標識でも出しておいた方がええで。」と述べたが、右堀口らはこの情報についても前同様何ら通報せず、放置したこと、その後被告公団の田村助役は事故当日午前〇時五分頃前記巡回のためパトカーを運転して藤井寺料金事務所を出発し、まず天理料金事務所に向かうため、午前〇時二〇分頃本件事故現場付近の東行車線を通過したが、先にも述べたとおり本件煙と霧による異常状況を看過したこと、以上のような経緯から被告公団は、田村助役が本件事故後の午前一時一〇分頃法隆寺料金事務所で通行人から事故発生の通報を受けるまで、本件煙と霧の発生を察知することができず、その後急遽同被告が通行止め等の措置を講ずるまで、本件煙と霧に対する事故防止のための交通規制及び指示は、同被告自身によつても、また警察官によつても全くとられなかつたこと、そして、本件事故後の昭和五〇年始め頃ようやく本件事故現場の東方約五〇〇メートルの道路脇に「この附近キリ多し走行注意」との道路標識を設置するに至つたこと、
以上の事実を認めることができ、<証拠>中右認定に反する部分は前掲各証拠に照らしたやすく措信し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
ところで、被告公団は、道路法四六条所定の道路管理者の交通規制権限は、警察権行使の場合と異なり、道路自体の物的瑕疵の場合に限つて認められるから、これと異なる霧とか煙のようなものについてまで交通規制の責任を負担するいわれはない旨主張する。しかしながら、公共用物である道路本来の目的は、一般交通が円滑安全裡に行われることを確保する点にあることはいうまでもないところであり、この点に微すると、道路の管理とは有体物である道路を財産的価値の客体として管理するだけにとどまらず、右公共用物本来の目的を達成させるために必要な管理をすることを当然含むものと解するのが相当である。道路法四二条一項が「道路管理者は、道路を常時良好な状態に保つように維持し、修繕し、もつて一般交通に支障を及ぼさせないように努めなければならない」と規定し、同条を含む道路法第三章第三節において、道路の構造を保全し、又は交通の危険を防止するため同法が道路管理者に種々権限を付与し、あるいは義務を課しているのは、右の趣旨を表明しているものということができる。したがつて、道路管理者が道路の通行を禁止し又は制限することができる場合として規定された同法四六条一項一号所定の「道路の破損、欠壊その他の事由に因り交通が危険であると認められる場合」とは、道路自体の物的瑕疵によつて交通が危険となる場合に限らず 広く交通の危険の原因を問わない趣旨であつて、本件の如く煙や霧等によつて交通が危険化する場合をも含むものと解されるのである(なお、右規定において「道路の破損、欠壊」と掲げているのは、単に交通の危険を招来する典型的な原因を列示したに過ぎないものと解される。)。そして、右の道路管理権の作用は、警察権と別個独立に認められているものというべきであり、ただ実際の運用面において相互にその権限を尊重し合い、必要に応じて協議する等密接な連携をとることが望ましい場合も生じてくるものといえよう。ところで、以上説示した道路管理の内容に徴すれば、道路それ自体に物的瑕疵がない場合であつても、道路上に故障車等の障害物が存する場合のみならず、気象状況等の事情により道路がその機能上通常有すべき安全性に欠け、当該道路の性質その他諸般の事情を総合的に勘案して道路管理者が災害発生を事前に予測し、かつ防止するために必要な措置を講ずることができたのにこれをしなかつたときには、道路の管理に瑕疵があつたというべきである。以上によれば、被告公団の前記主張は理由がなく、採用し難いものといわなければならない。
そこで、以上の見地に立つて、本件道路管理の瑕疵の有無を考えるに、まず、本件事故現場付近は煙と霧がただよい、ところによつては視界が約五メートル程度で、車両の通行極めて危険な状態にあつたのであるから、道路の機能上通常有すべき安全性に欠けていたことは明らかである。そして、本件道路は、国の枢要な幹線道路である高速自動車国道であつて、自動車の高速交通に伴い交通の危険性は一般的に高いものといえるから、被告公団はその管理者として通行車両の安全性につき特に高度の配慮をしなければならない立場にあるところ、当夜霧の発生することは事前に予測しえないことではなかつたのであるから、本件事故現場付近を重点的に警戒し、ハイウエイ開発をして臨時巡回させないまでも、少なくとも助役巡回の際多少時間をかけて慎重に調査すべきであつたし、また、何よりも、被告公団の支配下にあると認められる西日本道路サービスの料金収受員が通行人から本件煙と霧に関する情報を再三受けたものであるところ、被告公団としては、右情報が右料金収受員から被告公団管理事務所に速やかに通報されるよう指示を徹底しておくべきであつたのに、右情報が放置されたのは被告公団自身の重大な手落ちと評すべきである。しかるところ、被告公団(西名阪管理事務所)は霧等に対する事故防止についてはもともと自己の本来の職責であることの自覚に乏しく(この点は、前認定事実自体からも、また証人平山欣司、同田村歳春の各証言からも窺えるところである。)、右述した重点的な警戒は勿論料金収受員への指示の徹底もしていなかつたものであり、これらのいずれかが果さていたならば、被告公団は十分本件煙と霧の存在を把握して事前に本件のごとき事故発生を予測し、かつてその防止のために必要な通行禁止又は制限をすることができたのにこれをしなかつたものと認めるのが相当である。そうすると、被告公団の本件道路の管理には瑕疵があつたというべきであり、前認定の本件事故の具体的態様等の事情によれば、右道路管理の瑕疵と本件事故発生との間には相当因果関係があるものと認められる(先に説示した被告鈴木の過失の存在は右認定の妨げとはならない。)。このことは、本件煙と霧のため本件事故と相前後して付近で他に三件、合計車両一一台の衝突事故が発生し大惨事に至つた点からも窺われるところである。なお。被告公団は、事故当日の午前〇時二〇分頃田村助役が現場付近を巡視したが、異状は認められなかつた旨主張するが、同人の巡視については先に説示したとおりであつて、これをもつて管理に瑕疵がなかつたとはいえず、また、本件煙が一時的、突発的に発生したためこれに対処しえなかつた旨の被告公団の主張も前認定説示したところから理由のないことは明らかである。
以上によれば、被告公団は、国家賠償法二条一項により原告らの本件事故による損害を賠償する責任がある。
第三損害<省略>
第四過失相殺
前述認定の諸事実によれば 原告上里が事故前に被害車を停止させたのは、先行車の停止及び本件煙と霧の状況に鑑み危険防止のためになしたものであつて、それ自体は止むをえない所為と解せられるが、しかし付近の車両の停止状況、被害車の停止後本件事故に至るまでの時間的間隔、本件道路が交通の危険性が一般的に高い高速自動車国道である(このことは原告らと被告鈴木、被告会社との間においては弁論の全趣旨によつて認められる。)うえ、当時深夜で暗く、本件煙と霧のため車両の通行上極めて危険な状態にあつたこと等に照らすと、原告上里は、従前の進路を徐行するか、停車を続ける場合には後統車両に自車の存在を知らせる措置を講ずるか駐停車のため十分な幅員を有する道路左側端の路肩に被害車を寄せるかすることが可能であり、かつ追突の危険防止のためかかる慎重かつ的確な配慮をなすべきであつたにもかかわらず、漫然追越車線中央部に二、三分間も停車し続けたものであつて、本件事故の発生については同原告の右の落度も起因しているものと認められ、被告鈴木の過失及び被告公団の道路管理の瑕疵の各態様、程度等諸般の事情を考慮すると、公平の見地上、過失相殺として原告らの損害の一割を減ずるのが相当と認められる。
そうすると、被告らが賠償すべき損害額は、原告上里に対し前記第三の一3の合計二四四一万八八九四円の九割に相当する二一九七万七〇〇四円、原告会社に対し前記レツカー車出動作業料三〇〇〇円の九割に相当する二七〇〇円となる(なお、原告会社が立て替え支出した原告上里の付添看護費七万二〇八〇円(前記第三の二2)については右過失相殺の結果、被告らはその九割に相当する六万四八七二円を原告会社に償還すべきであることは前述した。)。
第五損害の填補
原告上里が自賠責保険金四七八万円、被告会社から二〇万円、労災保険法に基づく休業補償として二七二万七九〇四円以上合計七七〇万七九〇四円の各支払を受けたことは同原告の自認するところであり、同原告は本件損害額から右金額を控除して本訴請求をしているものである。
よつて、原告上里の前記損害額から右填補分を差し引くと、残損害額は一四二六万九一〇〇円となる。
第六弁護士費用
本件事案の内容、審理経過、認容額等に照らすと、原告上里が被告らに対して本件事故による損害として賠償を求めうる弁護士費用の額は、七一万円であるが、原告会社が求めうる弁護士費用の額は存しないものと認めるのが相当である。
第七結論
よつて、被告らは各自、原告上里に対し損害金一四九七万九一〇〇円及びうち同原告の右弁護士費用相当の損害金を差し引いた一四二六万九一〇〇円に対する本件事故の日の後である昭和四九年三月三〇日以降完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金を、原告会社に対し損害金及び立替金合計六万七五七二円及びうちレツカー車出動作業料相当の損害金二七〇〇円に対する本件事故の日の後である昭和四九年三月三〇日以降、うち立替金六万四八七二円に対する本件訴状送達の日の翌日であることが本件記録上明らかな昭和四九年九月二二日(被告鈴木)、同年九月一三日(被告会社)、昭和五〇年六月一〇日(被告公団)以降各完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金を各支払う義務があり、原告らの本訴請求は右の限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。
(鈴木弘 大田黒昔生 内藤紘二)
別表<省略>